東京高等裁判所 昭和28年(う)2553号 判決
被告人 竹村博臣
〔抄 録〕
論旨第一点について。
所論は先ず大島茂、林又一の両名は労務者であることを前提とし、同人等に交付した金員は労務賃を支給したものに過ぎないから、公職選挙法第二二一条の供与罪に該当しない旨主張する。しかし原判決挙示の証拠を綜合すると、前記大島茂は衆議院議員候補者吉川久衛の選挙事務所に於て、遊説企画係として同候補者の選挙演説日程に基いて、予定通り演説計画が円滑に進行するようトラックの借入交渉に当つたり、トラックがどの道路を通つたらよいのか、通過できない状況の地点がないかどうかなどいろいろ心を配つて計画を立て、時には人を派して道路の状況を検分させる等選挙運動の重要な一面を自ら担当していたことが認められると同時に林又一に於ては昭和二十七年九月十六、七日頃から同月三十日頃まで通計して八日間に亘り合計十四ケ所の演説会場に於て前記吉川候補のため、同候補の人格識見を讃え同候補の選出を聴衆に愬える趣旨の選挙演説を為した事実が認められる。而して以上の如き選挙運動計画を立案しその実施を円滑ならしめ或は選挙演説に從事するが如きは、単純で且つ機械的な労務に從事するのとは異つていること明らかであるから、前記大島茂、林又一の両者はいずれも選挙運動のために使用せられる労務者とはいえないのであり、従つてこの両名に対し金員を交付することが、労務賃の支給として適法なものと解し得られないのである。それ故同人等に対し、選挙運動を為したことの報酬として金員を交付した事実を認定し、これを公職選挙法第二二一条第一項第三号に該当するものとして原判決には所論の如き違法はない。
次に所論は林又一が演説に従事したとしてその時間数は著るしく僅少で、これを以て同人が労務者であることを認定するを妨げない旨主張するが、林又一が吉川候補のために選挙演説を為した日数及び回数は前段認定の通り八日間に亘り十四ケ所に於ける演説会場に於けるものを指摘し得るところであり、所論のような僅少のものとは認められないところであるからこの点の所論も失当である。
論旨は更に一転して、林又一に於ては同人が立替えている交通費その他運動実費として適法に受領し得るものがあると主張する。しかし果して林又一がその供述するような立替金があつたかどうかはその細目も明白にされてはいない点からみてその事実が存するものと断じ難いのみならず、被告人がその供与に係る右金三千五百円中特に林に対し実費弁償に該当するものを含めて支給したことを認め難いのであるから、前記金員は全部が結局不法性を有するものと認めるのが相当であつて所論は理由がない。
論旨は更に進んで林又一、大島茂が労務者でないとしても、之に対し昭和二十七年自治庁告示第二号所定範囲内に於ける報酬の支給は違法とは解し得ないと主張する。しかし公職選挙法第一九七条の二が規定しているとおり、選挙運動に従事する者に対しては選挙運動のために使用する者即ち労務者に対する場合とは異り、単に交通費、宿泊料或は弁当料の如きものについて所定の限度に於て実費の弁償を為すことを許されているのみで、これに対し選挙運動の報酬としては、たとえ自治庁告示の範囲内の金額と雖も支給し得ないこと明らかである。同告示の報酬とは選挙運動のため使用する者に対してのみ支給し得るものである所論は結局独自の見解に過ぎないから採用の限りではない。以上要するに、原判決挙示の証拠によつて原判示の事実を認めるに足り、所論のような事実誤認その他違法の点を認められないから、論旨は全部その理由がない。